人生で一度だけ経験する儀式

僕たちが一生のうちで経験する儀式や式典といえば、たくさんあります。たとえば結婚するとなったら結婚式を開くし、学校に入ったり出たりするときには、入学式や卒業式を行ないます。
それらの儀式や式典は、社会的な意味を持つもの、宗教的な観点から行なわれるもの、といったふうにさまざまにありますが、その中に人が誰しも、当事者としては一度だけ経験する儀式があります。
その出来事を経ずして、僕たちの一生は終わらない、そんな儀式。
それは葬式です。僕たちは人生をまっとうし、こちらからあちらへ移るとき(というときの考え方にはさまざまありますが)、葬式をもってこちらの人々とお別れします。

当事者としてではなく、周縁の人として葬式に関わる場合もあります。人生が終わる、亡くなるということはランダムに起きるものです。
僕たちの家族や友人や……いずれは関係のあった人々が人生を終えるとき、その葬式にこちらからあちらへ、送る側の人として参加するのです。

このことは葬祭とも言われます。性格的には昔、この儀式が「葬祭」と呼ぶようなものであり、今もまだ名称として残っているものです……という書き方は少し抽象的に過ぎるかもしれませんが、歴史を辿っていけば明らかになります。
また、葬祭が行なわれる場所としてあるのが斎場です。斎場はその名称にこそ「葬」が入っていませんが、現在では葬祭のための場所として存在しています。

現在、葬式の形式についてもそのニーズに応えたさまざまなものがあり、それによって、斎場の規模も変わってきます。
送られる側として、送る側として関わるとき、斎場についても、考えなければならないことがあるわけです。

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